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「日本の小学校が抱える教育問題」を畑氏が解説 

火曜日, 4月 10th, 2018

世界一とも称賛された日本の公教育に、問題が出てきている

以前は世界一とも称賛された日本の公教育ですが、最近は色々な面で問題が出てきました。

以前は文字通り世界に通用する学力の高さがありました。

しかし最近では国際的な子供の学力ランキングでも日本人は良い結果を出せていません。米国や北欧、そしてインドや中国などの国がランキング上位を占めています。

国力と公教育の水準は密接に関連しています。

かつては米国を追い抜いた時期もあった日本の国ですが、ここ最近は完全に国力で負けており、発展途上国と言われていたアジア諸国にも追い抜かれてしまっている感が否めません。

シンガポールやフィリピン、ミャンマーやタイなど、以前は経済的に強国ではなかった国々が今のように急激に発展して来ているのは、教育水準が極めて高くなってきたためです。

グローバル化が世界全体で進行中であり、以前にも増して日本の公教育の充実が必要となっています。

今や現状維持だけではむしろネガティブな効果が出る時代です。

国内だけでビジネスやコミュニケーションが完結する時代では無くなって来ており、一人一人が世界に通用する人材にならなければ、経済発展と国の成熟は目指せません。

問題点はマニュアル化した指導法

公教育の問題点としてまず指摘されるのが、マニュアル化した指導法です。

小学校などは指導法が良いも悪いも固定化されており、その結果として有能な子供がやる気を無くしやすいです。

例えば、まだ授業で習っていない漢字をクラスの中で利用すると、担任の教師から注意を受けます。

指導マニュアルにはクラス内の学力を平等にすべきというニュアンスがあり、教師個人が独断でそういった注意をしているわけではありません。

しかし子供からすれば、独学で知った難しい漢字をただノートや黒板に記載しただけで、信頼しているはずの大人から突然叱責されるわけです。

他の生徒と歩調を合わせましょう、といった趣旨で諭されることが多いようですが、元々有能な生徒からすると、せっかく自分で調べたり覚えた難しい漢字が大人の事情で使ってはいけない、という風になりますので、そこで勉強への関心が大きく失われます。

他にも算数の授業において、掛け算を行う時、数字の順序が決まっている点もよく保護者から批判されています。

数学的な正しさの観点すると、掛け算の順番に正しいも間違いもありません。

結果的に計算結果が合っていれば正解です。

ただ小学生では掛け算を教える時に、かける物とかけられる物を区別して指導するマニュアルがあります。

そのため教員の多くが、子供たちに指導を行う時にその順番を厳格に守らせ、テストで教えた順番と反対の式で解答した生徒にはバツ印をつけます。

ここでも有能な生徒は不平等な思いを強いられる事になります。

かけられる物やかける物といった発想はあくまで小学生向けの指導マニュアルだけに存在するものであり、数学の世界に存在するルールではありません。

他にも小数点の記述が問題になっており、例えば「1.50+1.50」という問題があった場合に「3.00」と明記すると、バツ印がつけられます。

小学生の算数では、無駄なゼロは省略して解答しなければいけない、というローカルルールが採用されているためです。

数学者の間ではむしろ後半の二つのゼロを明記する生徒の方が厳格に数学的発想をしており、実際に厳格に考えれば「3」と「3.00」は似て非なるものと指摘されています。

前者は数学的発想においては「約3」という概念を示したものであり、後者は「3.00」と細かく明記されている通り、限りなく絶対的な3という数字を示すためです。

日本の公教育には難しい漢字を勝手に利用してはいけない、小学校の教室でしか通用しない非効率な算数のルールが存在しているなど、グローバル化とは真逆のローカルルールが未だに多く残されています。

こういったやる気がある子供たちの自主性を摘み取るような指導法は早めに改善しなければいけません。

教育問題とは国民一人一人に関する問題

教育問題を考えるのは学校の先生や畑恵さんなどの政治家、そして専門家のお仕事だと思われていますが、実際は国民一人一人に関連する問題です。(※参考サイト・・・畑恵の記事一覧

学力低下が深刻な社会問題になって来ています。特に学力の格差が今日非常に深刻化しており、いわゆる裕福な家庭だと公教育の影響を受けづらく、親の選択で教育環境の整った私学へと進学出来ます。

一方で生徒本人は高いポテンシャルを持っているにも関わらず経済的な問題で公立小学校に通うしかなく、そこで指導力が不足した教員、そして非合理的なローカルルールに遭遇すると、本来であれば学力が大幅に伸びる見込みがあった普通の子供たちの学力が伸び悩みます。

落ちこぼれの生徒は教員の目に留まりやすく、指導を的確に受けやすいです。

一方本当は優秀なのに小学校特有のルールとの相性が悪く、やる気を失ってしまっている生徒に対しては、問題児というレッテル張りが横行しており、的確なコーチングが公教育では受けづらい、という矛盾した環境になっています。